東京地方裁判所 昭和33年(ワ)1425号 判決 1960年9月07日
原告 東京都建設業信用組合
引受参加人 中小企業信用保険公庫
脱退被告 国
主文
引受参加人は原告に対し、金三八七、〇七七円を支払うべし。
訴訟費用は参加の費用を含めて全部引受参加人の負担とする。
事実
原告代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
一 原告は、東京都内の中小土木建築業者に対する融資を業とする金融機関であるが、昭和三一年六月一日、建築請負を業とする中小企業者である訴外株式会社長尾組(以下訴外会社という。)に対し、訴外会社が請け負つた千葉県柏市立第四小学校校舎新築工事の運転資金として金一、五〇〇、〇〇〇円を弁済期同年八月三一日として手形貸付の方法により貸与した。
二 原告はかねて中小企業信用保険法(但し昭和三三年法律第九四号による改正前のもの。以下単に法という。)に基いて政府との間に融資保険契約を締結していたが、右保険契約で定める期間内に行われた前記貸付は法及び融資保険約款(以下単に約款という。)の規定する要件を具備していたので、昭和三一年六月二日、原告は、これにつき約款第三条に基き通商産業大臣に宛てて中小企業信用保険貸付実行通知書(以下単に貸付実行通知書という。)を提出し、これによつて自動的に原告と政府(国)との間に融資保険関係が成立した。
三 ところが訴外会社はその請け負つた小学校校舎新築工事が遅延したため柏市から予定期日の完成不能を理由として同年七月一九日に請負契約を解除され、同年八月一七日、原告は、訴外会社に代位して柏市から出来高払による請負代金二六六、一五四円の弁済を受けたが、訴外会社に対する貸付金のうち金一、二三三、八四六円は弁済期である昭和三一年八月三一日に回収未済となつて本件融資保険関係における保険事故が発生した。
四 そこで、原告は、同年九月三日、約款第八条に基き通商産業大臣に対して保険事故発生通知書を提出し、さらに昭和三二年二月二二日、同約款第一〇条に基き同大臣に対して保険金計算書を添付した保険金請求書を提出して右保険金支払の請求をした。しかるに中小企業庁長官は、同年一二月一七日付査定書によつて原告に対し約款第一五条第三項第四号、第七号の規定による全額免責を理由として保険金支払を拒絶する旨の通知をした。
五 しかしながら、原告にはなんら約款に違反する行為はなかつたのであるから、政府は法及び約款に基き前記保険金請求書を受理してから三〇日以内に原告に対し貸付回収未済金一、二三三、八四六円の一〇〇分の八〇に相当する金九八七、〇七七円の保険金を支払うべき義務を負つたのである。しかして原告は、その後本件貸付の連帯保証人である株式会社朝日組から同会社との間に昭和三四年五月一九日に成立した裁判上の和解に基き金七五〇、〇〇〇円の支払を受けたので、法第八条の趣旨に則り前記貸付回収未済金一、二三三、八四六円から右金七五〇、〇〇〇円を控除した残額金四八三、八四六円の一〇〇分の八〇に相当する金三八七、〇七七円の保険金債権がある。しかして昭和三三年四月二六日法律第九三号中小企業信用保険公庫法附則第八条、昭和三三年政令第二〇三号中小企業信用保険公庫法附則第七条及び第八条の施行期日を定める政令により、引受参加人は昭和三三年七月一日右国の義務を承継したから、ここに引受参加人に対し本訴によりその支払を求める。
六 原告が昭和三一年八月四日に訴外会社との間で弁済期を昭和三三年一二月三一日と記載した弁済契約公正証書を作成したことは認めるが、右公正証書に訴外会社が原告宛振り出した約束手形の支払期日と異る日時を弁済期として記載したのは誤記であつたので、原告はその後訴外会社との間で裁判上の和解により弁済期を昭和三一年八月三一日に修正した。右和解は弁済期を改めたのではなく、公正証書の誤記を修正して本来の弁済期間に変更がないことを確認したものにすぎない。
七 原告が訴外会社との間に締結した弁済契約はもつぱら債務の履行確保のためであつて、保険事故による損害を無くしあるいは減ずる措置であるから、法第九条の法意に副うものであるが、他方原告が訴外会社に貸付をする際に訴外会社から振出交付を受けた約束手形の満期(昭和三一年八月三一日)はなんら変更されていない(そもそも約束手形の満期を変更するためには新たに満期を定めた約束手形を振り出して旧手形として差し換える外はない。)のであるから、結局において前記貸付実行通知書に記載された弁済期に変更はなく、原告が約款に基く変更通知義務を負うものでないことはいうまでもない。
八 仮りに約款の趣旨が被保険者において債務の履行確保のためにとつた措置についても被保険者に通知義務を負わしめるものであるとすれば、右約款の規定は公平の原則に反して無効というべきである。すなわち、商法第二条は公法人の商行為については法令に別段の定めがないときは商法を適用する旨規定しているが、約款は法に基く命令ではなく、商法第二条にいう「法令に別段の定め」には該当しないので、保険業者としての政府の行う中小企業保険については商法第三編第一〇章保険に関する規定の適用があるものと解すべきところ、同法第六四一条は損害保険につき、又同法第六七八条は生命保険につきいずれも被保険者の悪意又は重大なる過失を免責の要件ないし保険契約解除の事由としているが被保険者が善意で保険事故の発生の可能性を少くするためにとつた措置を免責ないし契約解除の事由とする規定はどこにも存在しない。一般に保険約款は契約自由の原則によりある程度自由な定めをすることができることは勿論であるが、そこに自ら限度があることもまた当然であり、保険者に些細な手続上の手違いがあつたことにより、あるいはむしろ保険者の利益に帰するような債権確保の措置を講じた場合に直ちに保険者に免責の効果をもたらすような約款は保険者(本件では政府)に一方的に有利にすぎるものであつて公平の原則に反し無効といわなければならない。
九 参加人は弁済期を延期することは債務者の支払意思を薄くし、よつて保険の危険を増大すると主張するけれども、一般に弁済期の延期(とくにこれと同時に分割支払を認める場合。)は債務の履行を確保し、債務者をして履行を円満に行わしめる効果があることは常識であつて、引受参加人の右主張は到底認めがたい。
引受参加人代理人は「原告の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁及び引受参加人の主張として次のとおり述べた。
一 請求原因一、同二記載の事実は認める。同三記載の事実はそのうち弁済期が昭和三一年八月三一日であつたこと、同日に保険事故が発生したことを除いて認める。同日現在における本件貸付金の弁済期は昭和三三年一二月三一日であつた。同四記載の事実は認める。同五中引受参加人が原告主張の法令により国の義務を承継したことは認める。その余の原告の主張は争う。
二 原告が昭和三一年六月二日付で通商産業大臣宛に提出した約款第三条第二項所定の貸付実行通知書には、本件貸付金の弁済期は昭和三一年八月三一日と記載されているが原告は本件貸付後の昭和三一年八月四日、訴外会社との間に本件貸付金につきその弁済期、弁済方法等を変更することを内容とする契約を結び、弁済契約公正証書を作成したが、これによれば弁済期は昭和三三年一二月三一日に延期され、訴外会社は昭和三一年九月末日を第一回とし毎月金五〇、〇〇〇円宛支払つて右弁済期までに完済することとなつている。これは約款第四条にいう貸付実行通知書の記載事項に変更があつた場合に該当するので、原告は同条に基いてその旨を所定期間内に通商産業大臣に対して通知する義務があつた。しかるに原告はこの義務を果すことなく昭和三一年九月三日通商産業大臣に対し同年八月三一日における債務の不履行による貸付金の回収未済、すなわち保険事故の発生した旨を通知し、さらに昭和三二年二月二二日、通商産業大臣に対し弁済期が昭和三一年八月三一日である旨を記載した保険金請求書等を提出した。原告の右所為は約款第一五条第三項第四号にいう「金融機関が提出する書類に記載すべき事項を記載せず、または不実のことを記載したとき」及び同項第七号にいう「金融機関がこの約款の条項に違反したとき」に該当するので政府が同条第三項本文に則り保険金の全部を支払わないことを決定して原告にその旨通知したのはなんら不当ではない。
三 原告は、前記弁済契約公正証書に弁済期を昭和三三年一二月三一日と記載したのは昭和三一年八月三一日の誤記である旨主張するが、右公正証書の内容からいつても、又後にこれを裁判上の和解によつて補正したことからしてもこれが単なる誤記ではなく、実質的に当初の弁済期を延期したものであることが明らかである。当事者が合意によつて一度延期した弁済期を再び当初の弁済期に変更する旨和解をしたとしても、弁済期が一度変更された事実はこれを動かすことはできない。仮りに原告が訴外会社との間で裁判上の和解により一度延期した弁済期を最初から当初の弁済期であつたように遡及的に効力を生ぜしめんとする合意をしたとしても、かかる合意は右当事者間に効力があるのは格別、第三者である政府に対して遡つて保険金支払義務を生ぜしめるような効力を有するものではない。仮りに原告が前記弁済契約において弁済期を延期するについて錯誤があつたとしても、これは意思表示に表示されない縁由に関するものであるからなんら効力に影響はない。
四 中小企業信用保険における保険事故は、法第三条によれば被保険者と債務者との間の契約によつて定められた弁済期における債務者の不履行による貸付金の回収未済であつて、債務者と第三者との間の請負契約の解除等は無関係である。したがつて弁済期の到来前にこれを延期すれば、当初の弁済期に債務の履行がなくとも保険事故が発生しないことは明白である。原告は前記公正証書によつて新たに弁済期を定めたのはもつぱら債務者からの回収金の納付を確保するためであつて、当初の保険関係のための弁済期にはなんら変更がなかつたと主張するようであるが、前記公正証書の文言によつても右のように解することができず、又理論的にいつても被保険者が債務者との関係で弁済期を延期すれば債務者は当初の弁済期において履行する義務がなくなるのであるから、当初の弁済期は本来の弁済期としての意味を失うし、債務者が履行する義務のない名目上の弁済期に履行しなかつたというのみでは保険事故になり得ないことはいうまでもない。原告は訴外会社との関係で弁済期を延期したのはもつぱら債務の履行を確保するための措置であつて、これによつて保険事故による損害をなくしあるいは減ずることとなると主張しているが、仮りにそうだとしても当初の弁済期における保険事故発生の蓋然性、すなわち保険関係における「危険」の増大をもたらすことに変りはない。
五 仮りに保険関係上の弁済期は当初のまま変更がなく、単に将来の回収金の納付義務のために別個の弁済期を定めたものであるとしても、ともかく当事者間で別個の弁済期を定めた以上債権者たる被保険者は債務者に対して当初の弁済期において履行を請求することができず、債務者も履行する義務がなくなるのであるから、少くとも債務者が当初の弁済期に履行しようとする意思に重大な影響があるものといわなければならない。要するに右のような別個の弁済期の設定は前述のような中小企業信用保険における保険事故発生の蓋然性を著しく増加するものであつて、保険事業者の行う保険事業の健全な運営の上に重大な関係のある事柄であるから、被保険者である原告が保険者である政府に対して通知義務を負うことはむしろ当然である。
六 商法第五〇二条第九号によれば、保険は営業としてなされる場合に限つて商行為となるが、中小企業信用保険は中小企業者に対する事業資金の融通を円滑にし、もつて中小企業の振興を図ることを目的とする純然たる公益的性質を有するものであつて、もとより営利の目的を以てなされるものではないから商行為でなく、したがつて右保険については商法第二条、さらに商法の保険に関する規定の適用がないことは明らかである。(とくに原告の引用する商法第六七八条は生命保険に関する規定であつて、信用保険のような性質上損害保険に属するものとはなんら関係がない。)
七 原告は、約款第四条が貸付実行通知書の記載事項の変更について金融機関に通知義務を課し、右義務の違反があつた場合に金融機関に一定の制裁を課していることを以て公平の原則に反するとしているが、本来中小企業信用保険は前述のとおり中小企業の振興をはかるためのものであり、その融資保険は金融機関が一方的に貸付実行通知書を保険者たる政府(昭和三三年法律第九四号による法の改正後は中小企業信用保険公庫)に発送することによつて保険関係を成立せしめるものであつて、普通の保険と異り保険契約者の一方的選択によつて保険が行われ、その結果いわゆる逆選択が行われる性質のものである。したがつて、この種保険にあつては保険事業者は保険契約者が特に誠実に一切の事項を保険事業者に通知することを期待するのは当然であつて、その義務に違反した場合に保険契約者が相当の制裁を受けることもやむをえないというべきである。
原告代理人は、証拠として甲第一ないし第七号証、第八号証の一、二、第九号証を提出し、証人長尾熊一、同飯塚家彬の各証言を援用し、乙号各証の成立は認めると述べた。被告代理人は、証拠として乙第一、第二号証を提出し、証人山野千冬、同中村辰男、同伊藤二郎、同作本清蔵の各証言を援用し、甲号各証の成立は認めると述べた。
理由
一 原告が昭和三一年六月一日に株式会社長尾組(訴外会社)に対し小学校校舎新築請負工事の運転資金として金一、五〇〇、〇〇〇円を弁済期同年八月三一日と定めて手形貸付の方法により貸与したこと、右貸付は原告が政府との間で中小企業信用保険法(法)に基き結んでいた融資保険契約の定める保険期間内になされたもので法及び融資保険約款(約款)の規定する要件を具備していたこと、昭和三一年六月二日、原告が通商産業大臣に対して提出した中小企業信用保険貸付実行通知書(貸付実行通知書)によつて原告と政府との間に自動的に約款に基く融資保険関係が成立したこと、訴外会社はその請け負つた小学校校舎新築請負工事が遅延したため同年七月一九日請負契約を解除され、原告は同年八月一七日訴外会社に代位して注文者である柏市から出来高払による請負代金二六六、一五四円の弁済を受けたが、当初の弁済期である同年八月三一日には訴外会社から貸付金残額金一、二三三、八四六円の弁済を受けなかつたこと、同年九月三日、原告は通商産業大臣に対して保険事故発生通知書を提出し、さらに昭和三二年二月二二日同大臣に対して保険金計算書を添付した保険金請求書を提出して保険金の支払を請求したところ、政府(中小企業庁長官)は、同年一二月一七日査定書によつて原告に対し約款第一五条第三項第四号、第七号の規定による全額免責を理由として保険金の支払を拒否する旨の通知をしたことは当事者間に争がない。
二 引受参加人は、本件融資保険関係の成立後原告は訴外会社との間で貸付金の弁済期を延期しながらその旨を政府(通商産業大臣)に対し通知せず、又当初の弁済期に変更がないように虚偽の記載をした保険事故発生通知書等を政府(同大臣)に対して提出した旨主張するので判断する。まず昭和三一年八月四日に原告が訴外会社との間で弁済期を昭和三三年一二月三一日と記載した弁済契約公正証書を作成したことは当事者間に争がなく、原告は右弁済期の記載は誤記であつた旨主張するが、証人長尾熊一、同飯塚家彬、同中村辰男、同作本清蔵の各証言(但し後記措信しない部分を除く。)と成立に争のない甲第六号証によれば、右弁済契約公正証書が作成されるにいたつたいきさつは次のとおりであつたことが認められる。すなわち、訴外会社は、原告から前記金一、五〇〇、〇〇〇円の融資を受けて柏市から小学校校舎新築工事を請け負つたものの、その後訴外会社の事業内容が、次第に悪化したため右小学校校舎の新築工事もはかばかしく進捗せず、約束の完成期限を経過してもなお工事が完成しなかつたので前述のとおり昭和三一年七月一九日柏市により債務不履行を理由として請負契約を解除され、その結果訴外会社が原告に対する貸金債務を当初の弁済期である昭和三一年八月三一日に全額弁済することは訴外会社の資金ぐり上殆んど不可能とみられるにいたつた。そこで原告は訴外会社と協議の結果、担保として訴外会社及び連帯保証人である長尾熊一各所有の土地上に原告のため抵当権を設定するとともに訴外会社が確実に弁済することができるように当初の弁済期とは別個の弁済期を定めて債務の分割弁済を認めることとし、昭和三一年八月四日、最終的な弁済期を昭和三三年一二月三一日として訴外会社は昭和三一年九月末日を第一回として毎月末五〇、〇〇〇円宛三〇回に亘つて債務を完済すること、訴外会社が月賦弁済を怠つたときは直ちに期限の利益を失い、即時債務を完済することなどをその内容とする弁済契約公正証書を作成してその旨契約をした。その後原告は当初の弁済期である昭和三一年八月三一日に貸付金回収未済による保険事故が発生したものとして通商産業大臣に対して保険事故発生通知書を、次いで保険金請求書を提出したが、実地調査のため原告方を訪れた中小企業庁の係官から弁済期の変更を通知しなかつたのは通知義務違反であり、変更後は当初の弁済期に保険事故が発生したものとすることはできない旨指摘されるや、原告は訴外会社と協議して昭和三二年六月二七日、裁判上の和解手続により前記弁済契約公正証書の弁済期の定めを当初のとおり昭和三一年八月三一日と修正するとともに分割弁済の規定を削除する趣旨の和解をした。以上のいきさつを認めることができるのであつて、右認定に反する証人長尾熊一、同飯塚家彬の各証言は直ちに措信しがたい。その他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。ところで右認定によれば、原告が訴外会社の当初の期日における不履行に対処するべく同会社との間で債務の弁済確保のために昭和三一年九月末日を第一回として順次分割弁済の上昭和三三年一二月三一日までにこれを完済する旨の弁済契約を結んだ事実があることは疑いなく、前記弁済契約公正証書にその旨記載したのは原告主張のように単なる誤記とは認められない。
三 法第三条第二項によれば、法に基く融資保険の保険事故は金融機関と債務者との間で約定された弁済期における債務の不履行による貸付金の回収未済に外ならないから、金融機関が債務者と協議の上弁済期を変更すれば保険事故は変更後の弁済期に発生するものと解すべきことはいうまでもない。その理は一般的には弁済期の変更が債務の履行確保のために行われた場合であつても異るところはない。(原告は、訴外会社が本件貸付に際し振り出した約束手形の満期に変更がないからたとえ履行確保のため弁済期が延期されても貸付実行通知書に記載された弁済期に変更はないと主張するが、本件融資保険関係が成立したのは原告の訴外会社に対する貸付金についてであつて、手形金についてではなく、右約束手形は訴外会社が支払確保のために振り出したものにすぎないものというべきであるから、原告の右主張は失当である。)しかしながら、原告が訴外会社との間で締結した前記弁済契約の趣旨を前掲甲第五号証(弁済契約公正証書)と証人飯塚家彬の証言並びに本件口頭弁論の全趣旨に照らして仔細に検討してみると、訴外会社と柏市との間の小学校校舎新築請負契約が前述のようないきさつで解除されたところから、原告が当初の弁済期に前記貸付金の弁済を受けることは殆んど不可能と予想されるにいたつたので、原告としては当然政府から所定の保険金を受くべきこととなるけれども、法第八条、第九条、約款第一二条によれば金融機関は保険関係が成立した貸付につき貸付金回収の努力をし、その回収金の所定額を政府に納付すべきこととなつているのであるから、右規定の趣旨に則りあらかじめ保険事故の発生にさきだつて事後における債務履行確保の措置を講じておくこととし、右弁済期到来後の分割弁済を定め、それにつき担保を設定しかつ債務名義を取得する等の措置を講じたものであつて、その事の性質上当初の弁済期に約旨に基く弁済があればこれらのすべての措置はその実効を見ることなく終結するが、見込通り当初の弁済期に弁済が得られなければ原告は一方において政府からは保険金の給付を受け他方訴外会社に対しては右弁済契約の定めるところによつてこれが回収につとめるというのが当事者の意思であつたことを認めるに十分であり、これによつて考えればひつきよう右弁済契約は当初の弁済期における不履行を停止条件とするものであると解するのが相当である。右弁済契約において訴外会社は当初の弁済期到来後の昭和三一年九月末日から月賦金を支払うものとされていることは偶然ではなくその間の事情を裏付けるものということができる。してみれば、原告としては訴外会社との協議によつて当初の弁済期に訴外会社の債務不履行があることを慮つて一応停止条件付弁済契約をしその最終的な弁済期を昭和三三年一二月三一日とすることを定めたものの、当初の弁済期はなんら変更することなくそのままにしておいたものであり、訴外会社もこれを諒承していたものであることが明らかであり、保険事故は貸付実行通知書に記載せられた当初の弁済期、すなわち昭和三一年八月三一日に発生したものと解すべきである。もし本件の場合当初の弁済期に保険事故は発生せず、弁済契約によつて定められた弁済期に訴外会社の債務不履行があつて初めて保険事故が発生すると解しなければならないとすると、原告としては右法及び約款の規定の趣旨に則してたまたま弁済期の到来前に履行確保の措置を講じた(法第九条、約款第一二条は弁済期の到来の前後を問わず金融機関に貸付金の回収に努める義務を負わせている。)ばかりにかえつて当初の弁済期に保険金の支払を受けることができなくなるという不合理な結果を避けられないこととなるのであつて、その解釈のあやまりであることは明らかである。
四 以上のとおり貸付実行通知書に記載された当初の弁済期は結局において変更されなかつたものというべきであるから、原告が右弁済期に保険事故が発生したものとして保険事故発生通知書、保険金請求書等の書類を政府に提出したのは当然であつて、約款第一五条第三項第四号の免責事由に該当しないし、又原告が停止条件付弁済契約において各分割弁済の期日を定めたことを政府に通知しなかつたことはなんら約款第四条の通知義務に違反するものでないことはいうまでもない。被告は、保険関係上の弁済期に変更がなくとも右弁済期の到来前に弁済契約によつて別個の弁済期を定めれば、債務者の当初の弁済期における履行の意思に重大な影響があつて保険事故の発生の蓋然性を著しく増加させるから保険者である政府に対して通知義務を負うと主張するが、たしかに弁済期の到来にさきだつて別個に弁済期を定める弁済契約が結ばれれば当初の弁済期における債務者の履行の意思に事実上の影響があることが考えられるけれども、本件弁済契約は弁済期における債務不履行を停止条件とするものであること前記認定のとおりである以上、当初の弁済期において弁済を履行すべき債務者の義務にはなんら変りはなく、要するに保険事故の発生時期として貸付実行通知書に記載された弁済期には実質的にも形式的にもなんら変更がないのであるから、原告が右のような停止条件付弁済契約を結んだことまで通知義務を負わないのは当然である。したがつて、政府は原告の保険金請求に基き当初の弁済期である昭和三一年八月三一日現在の貸付回収未済金一、二三三、八四六円の一〇〇分の八〇に相当する金九八七、〇七七円の保険金を原告に支払うべき債務を負つたものというべきである。そして昭和三三年法律第九二号中小企業信用保険公庫法の施行に伴つて引受参加人は右債務を政府から承継したものというべきことは法律上明らかである。その後原告が前記回収未済金一、二三三、八四六円のうち本件貸付の連帯保証人である株式会社朝日組から金七五〇、〇〇〇円の弁済を受けたことはその自認するところであるから、その残額金四八三、八四六円の一〇〇分の八〇に相当する金三八七、〇七七円の支払を引受参加人に求める原告の本訴請求は結局において理由がある。よつてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九四条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小中信幸)